元EMO-RAY

ルール無用のアルティメット地帯。モヒカン横行中。
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俺と漫画と漫画と俺と。
おそらくは懐古主義者、時代の波に乗り遅れた負け犬の戯言。






「最近の漫画ってつまらないの増えたなぁ・・・」






俺は常々漫画は『絵』『コマ割りと構図、構成』『物語』の3つの要素で成り立っていると考えていて、よく映画に例えたりしています。

『絵』は映画における制作費。
絵が上手いことは総制作費〜億円とほぼ同義であり映像の迫力、リアルさを左右します。

『コマ割りと構図、構成』は映画監督。
映像化するにあたってのカメラワークを左右する部分であります。

『物語』はストーリーライター。
中核を成す部分です。

さてここで、一つの問いかけをしたいと思います。
『映画で最もクローズアップされる部分は何処?』
映画のポスターやエンドロールをを見てみれば一目瞭然ですね。
どんな作品にでも必ず名前が大きく載る役割。そう、映画監督です。
例え制作費がいくらあろうとも無駄遣いであれば一切意味はありません。
また、制作費が少なかろうとも名作は生まれます。
例え物語がどれだけ秀逸でも、それを映像化する必然性はうまれません。
物語が見たいだけなら活字で十分なのですから。
これは考えてみれば当たり前のことなのです。
映像の中に台詞や背景を盛り込み物語をより良いものに昇華させることが映画や漫画といった映像をみせるメディアの狙いなのですから。



しかしながら漫画を人に薦めるとき、あなたならどう薦めるでしょうか?

「この漫画、話がめちゃくちゃいい」

「この人、絵が上手いよね」

俺はこれ以外の言葉を聞いた覚えがありません。
如何に人は構図とコマ割り、ひいては構成力を軽視しているかが分かる事象の一つです。



最近、土田世紀の『編集王』を読みました。
作者の主観、主義、主張が盛り込まれた前半部分は特に面白いものでした。
後半部分は人間ドラマに固執したせいか、出版業界の話である必要性が皆無となってしまっていたのが残念な限りですが。
この『編集王』の中では商業主義の権化である上司とそれに抗う編集者、クリエイターという構図で話が進められていきます。
そうなってくると勿論のことながら『売れているものこそが至上である』という商業主義的概念と『売れなくてもいいものはいい』という反商業主義的概念のぶつかりあいになることは容易に想像がつくと思います。
そもそも漫画というのは売れなくては話にならないものです。漫画というメディアは商業としてはじめて成り立っているものであって、決して慈善事業ではないのですから。
売れる漫画でなければ漫画として存在する価値は無いのです。
ですから商業主義を根本から否定する気は毛頭ありません。



ただし、売れたからといって存在する価値があるのか?という問いかけには「否」と答えざるをえないとも思っています。
最近は絵が上手い漫画家が増えてきました。
増えてきたということは商業主義的に読者のニーズに答えた結果でしょうし、ただ絵が上手くなること自体に文句などあるはずもありません。
そして現代の風潮では絵が綺麗な漫画は売れることもまず間違いはありません。
しかし、絵が綺麗で売れる漫画だからといって面白いとは限りません。
商業主義はそうした売れるための力をニーズに合わせて重視し、それに合わせた人材を発掘しようとした結果、面白さを作り出す能力の足りない人材まで野に放つという結果を招きました。
個人的な感想ですが最近は構成力不足、というか手法が決まりきった形ばかりで読者をあっと唸らせるような構成に出会わないんですよね。次のページで見開きでくるだろう、とか想像がついちゃうんです。
昔の漫画のようにページをめくったらいきなり主要キャラの墓が出てくる、といった読者の予想を大きく裏切る、驚きがないんです。次で何をしてくるか分からない、だからこそ次のページを恐る恐るめくる。そんなドキドキが無いんです。



また、このような問題はただただ商業主義だけが悪いと言えないとも感じています。
それは同人誌の存在。
最近は同人出身の漫画家も非常に増えてきました。
プロとなった今でも同人誌を描いている人もいますし、もしかしたら俺が知らないだけで昔から同人出身の漫画家は多かったのかもしれません。ただ最近は同人も脚光を浴びすぎて目立ってきたがために思うだけなのかもしれません。
同人は簡単に漫画を多くの人に発表する機会を与え、漫画を描く人材を多く排出するという利点はあります。また人気を支えるという点においてより市場を活性化させるという利点もあるとは思います。
ただし俺が考えるに、それに伴ってそれ以上に多くの弊害を残しているように思えてならないのです。



一つは、2次創作の問題。
全てではないものの多くの同人誌は2次創作で成り立っています。
この2次創作、今まで俺が目にしてきたものはほとんどがキャラクターを用いただけの原作を用いる必要が無いものか、一つの原作に他の原作の要素を持ち込んでパロディにしただけのものでした。
中にはオリジナルで勝負している人もいるのでしょうがそんなのは極一握り。
大多数は人が用意したものを勝手に組み合わせて、それで満足するだけ。
そのまま技術だけが向上していって、そのまま商業誌で連載という運びになると結果つまらないものが増えてきます。
自分で一から、背景から全てを積み上げてきていない人がどうして自分の表現したいものを表現できるのか?
人様の作ったものを動かしたいだけできた人がどうして自分の主義主張を盛り込めましょうか?
そもそも自分が描きたいことは人様の作ったものがなくては描けないのでしょうか?
俺にはその辺が不思議に思えてなりません。



そしてもう一つは、市場そのものの問題。
商業主義を否定しながらもより色濃く商業主義が反映される結果と相成った同人業界はそれこそ技術至上主義となってしまっています。
普通に同人誌の評価で「この人絵が上手いよね」しかほとんど聞くことがないことが全てを表わしていると思います。
絵はめちゃくちゃ上手いんだけど、漫画である必要がない。
ぶっちゃげて言ってしまえばイラスト集で事足りるんですよね。
そんなものを賞賛するニーズこそが漫画そのものをつまらなくしていっている、と思えてならないのです。



そして何より、一番の問題はプロ意識の欠如を招いている点だと思うのです。
これについては一つの例を出してみましょう。



これは数多ある漫画家の中で、俺が個人的に最低だと思っている同人上がりの漫画家についての話です。
その漫画家は黒乃奈々絵。
この漫画家は絵は非常に上手く、話の作りもそれなりで完成度の高い作品を作っていました。
そしてそのままアニメ化までするに至り、まさしく順風満帆の真っ只中、突如ひとつの発表をします。

「大変申し訳ありませんが、この巻をもって”PEACEMAKER 鐵”を一旦休止させて頂きます。
しばらく充電期間を置き、改めて構成を練り直してから再開したく思います。
いつになるかはまだ分かりませんが、続編を目にする事があれば、再び手に取って頂けたら幸いです」


ここまでならばまだ許せる話。いいものを作りたいから悩む時間をくれ、そのこと自体は大歓迎なのです。
クオリティが上がる事は喜ばしいことなのですから。
しかしココから先が問題。
この漫画家、休止した漫画を放っておいて新連載を始めたのです。しかも2本も。
漫画の連載は話が続くこと、そしていつかは終わるであろうことを前提条件としています。
終わらないことが分かっている物語を誰が買おうとしますか?誰が読もうとしますか?
作業が遅れることもあるでしょう。原稿を落とすこともあるでしょう。
人によってはそのこと自体も『プロ根性の欠落』と考えるであろうことですが、俺にとっては重要なことではありません。
とりあえず一つの仕事に真摯に向き合った結果であるならば。
連載を増やしたらペースが間に合わなくなりましたってケースはよく見かけます。
はじめはイケると思ったことがイケなかっただけ。それは自己管理ができなかっただけで作品を作り上げようという意思は感じます。
連載の最中に雑誌が潰れたという話もよく聞きます。
作者の描こうという意思とは裏腹に商業主義がそれを許さなかっただけ。作者の無念に感じ入りこそすれ、作者の裏切りとは思えません。
しかしながらこの黒乃奈々絵は自分の意思で休載し、自分の意思で連載に向き合うことを止め、読者に対して誠意の無い対応。読者への裏切り。
どうしても休止して他の連載をするのであれば一時連載に区切りをつけ、一部完、とでもしておけば良かったのにそれすらもしない。完全なほったらかし。
読者を舐めきっている。
プロ根性の欠落とはこういうことをいうのだと思います。
このような極端な事例と本当に同人と関係があるのかどうか、それはどうか分かりませんが、少なくとも同人にいい印象を抱いていない俺には関係があるように思えてなりません。



『もっと面白い漫画が読みたいんだ』
さて、長々と書いてまいりましたが次の言葉で話を締めくくってみたいと思います。
本質的な意味で面白い漫画なら、ニーズとかある程度無視しても売れないですか?



どうでもいいけど、この文書いたことで3人は友達無くしそうな気がする。
| 今村 涼次 | 真面目な話 | 17:02 | comments(1) | - |
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山花典之もまけてはおらんな
最近のヤツは「やることがおかしい」
前々作の「あかね」からどーもおかしい
最初に連載始めて1年位して読者に受けがよかったら
また同じ漫画を新連載で最初からはじめるということをする
あかねは完結したからまだいい
次のは最悪やった
同じことをしたあげく「自分が書きたいものではない」と
連載を終了してしまった
本人は悩んでて宗教はいったとか言ってるが
そんなこと言われてもねぇ・・・

まぁかきたくて打ち切られる人もいるし贅沢だよね
| ある | 2006/04/18 1:56 AM |









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